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当社の歴史

海運業のリストラ ~ 阪神大震災

インフレや為替動向など、容赦の無い世界経済の動きが、日本の海運業を呑み込みます。

海運業代リストラの時代を乗りきり、乾汽船は、阪神大震災という次なる歴史の教訓にめぐり合います。

インフレと円高、リストラの時代。

1971年のスミソニアン体制での円切り上げのインパクトは大きく、インフレ時代の船員費や修繕費のコストアップに円高が追い討ちをかけ、日本海運業の国際競争力は著しく喪失します。また一方で、船員のストライキにより海運業界は大きな被害を受け、業界全体で被害総額は約500億円以上、当社だけでも3億円に上りました。船員費のさらなる高騰やストライキによる日本船員の不信感から、海運各社は、外国籍船や外国人船員を活用し、日本人船員の余剰船員対策が本格化します。1985年のプラザ合意後さらなる円高が進み、日本人船員、日本籍船は、減少に歯止めがかからず、斜陽の一途を辿ります。2003年には日本人外航船員は約3,000人、日本船籍は約100隻までの縮小を余儀なくされました。

90日スト、横浜港本牧埠頭沖の停泊風景


阪神大震災から学ぶ新たなる教訓。

1995年1月17日朝5時46分、淡路島、神戸を中心に大地震が襲いました。死者6,000人余、損壊家屋約11万戸。当社が当時入居していたビルは倒壊を免れましたが、電話は通じず、水とガスも途絶えたので、本社機能を1週間にわたり当時の東京支店に移しました。

この震災の被害者の中には、当社従業員においても、乗船中の留守家族4名が命を失うという不幸がありました。また持ち家の全壊、借家の全壊にも遭遇した社員や、また当社OBの中には火災での家屋焼失、全壊に遭った者もいました。

当社ではこの経験から、危機管理への対応の必要性を強く認識し、2008年年初より、災害や事件・事故等による人的・物的被害を最小限に抑え、必要となる事業継続を実現するべく、事業継続マネジメントシステムの構築を行っていました。その一環として、第三者の視点で本システムが有効に機能していることを確認するため、2008年12月25日、国内運輸業界では初めて「自社管理船舶による国際海上輸送サービス」における事業継続マネジメントシステムの英国規格である「BS25999-2:2007」の認証を取得するに至りました。

震災直後の三ノ宮駅